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2017.05.02

【上松俊貴×内田理久】内田のインハイ3位に衝撃。「高3で結果を出すにはどうしたらいいか考えた」#02(全4回)

WEB連載シリーズ『高校王者たちに聞く、勝つために必要なこと』◎早稲田大ルーキー対談

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高3のハイジャパ、シングルスで対戦した上松俊貴(左)、内田理久(右) 写真◎井出秀人

高校シーンでトップに上り詰めたチャンピオンたちに『勝つために必要なこと』を聞くWEB連載シリーズ。

今春、早稲田大に入学した世代トップ前衛の上松俊貴(岡山理大附高卒)と内田理久(三重高卒)は、ともに中国地方出身で、小学生時代から全国の舞台で戦ってきたライバルであり、高校ではそれぞれインターハイ高校選抜で日本一の座を勝ち取っている。小中と全国制覇を成し遂げたエリートである2人にとっても、簡単ではなかったという高校の頂への過程で、どんな経験をし、勝てない時期をどう乗り越え、ブレイクスルーを果たしたのか。勝つために本当に必要なこととは?

【上松×内田】対談(全4回)の第2回は高校時代の話から、早稲田大での目標を語る。

上松俊貴(早稲田大1年)
うえまつ・としき 1998年6月11日生まれ。岡山県出身。身長181cm、右利き、前衛。岡山Kids(小1)→岡山理大附中→岡山理大附高→早稲田大。2017年ナショナルチーム
高校時代の主なタイトル◎ハイジャパシングルス連覇(2015、16年)&ダブルス優勝(2016年)、インターハイ個人優勝(2016年)、アジア選手権ダブルス優勝(2016年)
内田理久(早稲田大1年)
うちだ・りく 1998年5月25日生まれ。島根県出身。身長179cm、左利き、前衛。浜田ジュニア(小1)→浜田第一中→三重高→早稲田大。2017年全日本U-20チーム
高校時代の主なタイトル◎高校選抜優勝(2015年)、国体優勝(2016年)

 

無欲で、勢いの勝利でした

――高校は、上松選手は附属の岡山理大附高へ、そして内田選手は島根から三重県の三重高へ。高校時代の対戦は?

内田 高1のアゼリアカップは対戦したね。ダブルスでは。

上松 そうそう、ダブルスではそれが最初で最後(笑)。シングルスではJOC杯やハイジャパで対戦したけど、ダブルスは1回か。国体でチームとしての対戦はあったけど、オーダーが違っていたし。

――ダブルスは1度だけとは意外です。2人が高1のとき、まず内田選手がインハイで個人3位入賞を果たしました。

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2014年のインターハイ個人で、内田は高1にして3位入賞。三重高は団体では5位。個人準決勝の相手は岡山理大附高の長尾景陽/杉山奨吾だった 写真◎井出秀人

内田 1年のときは無欲で、前衛としての実力もまだまだで。勢いというか。インハイ後は勝てずに苦しむ時期もありましたね。

上松 1年でいきなり3位は衝撃的でしたね。すごいなと。僕はナショナルチーム入りしていたので、同年代でトップにならないといけないと感じていました。ナショに入っている分、シングルスでも結果を残さないといけないという思いがあって、シングルスに重点を置きすぎたというか。なかなか高校の大会でタイトルを獲得できなかったんです。

それで、高3になるときに結果を出すためにはどうしたらいいか、考えました。「気持ちだけではだめだ」「3年のこの1年はシングルスを捨て、ダブルスにかける」と。毎年、ペアが変わっていたこともあるのですが、高校最後の1年は、キャプテンの本倉(健太郎)と組んで、僕も副キャプテンだったので、チームのこと、そしてペアとして、お互いに成長するため、勝つために話をたくさんしました。理久とは、高3のハイジャパシングルス準決勝で対戦して。

内田 史上2人目のシングルス連覇がかかっている上松と対戦するとは思っていなかったけどね(笑)。

上松 あのときのシングルスの戦いは、天候やサーフェスなど考え、ナショナルの経験を生かして勝たなければ、勝つためにはどうしたらいいかと思って戦っていましたね。

写真◎井出秀人

高3のハイジャパ、シングルスの表彰式で。優勝の上松(左)、3位の内田(右から2人目) 写真◎井出秀人

最初のナショ合宿は不安で寝られなかった

内田 高校時代の対戦は少なかったですが、高3の日韓中の遠征などで一緒に過ごす時間がありました。「ナショに入る選手が日韓中にも出るのか、マジか!?」って思っていました(笑)。

ナショナルのトレーナーだった川上(晃司)先生が三重高のトレーナーもしていたので、上松の話は聞いていましたが、オンとオフの切り替えがすごかった。試合の合間の空き時間なんかは、「こいつ、アホだな(笑)」って思うようなこともするけれど、試合前になると別人になる。気持ちの持ち方がすごいなと痛感しました。

上松 川上先生からは、日韓中のときはお前がチームを引っ張っていく自覚を持てと言われていました。あのときは理久とはボレー&ボレーとか一緒に練習して、理久のプレーを肌で実感しましたね。

――上松選手は、ナショナルチームに中3で選ばれて、いろいろな経験をされたと思います。

上松 最初のナショナル合宿の前は、不安もあって寝られなかったんです。篠原(秀典)さんを初めて生で見ましたし、しかも一緒に練習できるということで、グリップの持ち方もわからなくなるほど緊張していました。

ナショナルの選手は、僕がミスらないと相手もミスしない。乱打でもグリップを持つ手の部分がつってしまうほどでした。でも、初めてのナショ合宿では初日から帰る日までに身体が変わった気がしました。先輩方も優しく接してくださって、オンとオフの切り替えは、先輩たちから学びました。自然とやらなくちゃいけない雰囲気をつくってくれたので。

内田 そういう話を川上先生から聞いて、「僕も変わらないと」って痛感しました。僕自身、ちょっと抜けているところがあるし(笑)、三重高はチームとしても日本一と言えるくらい仲が良くて、ただ良すぎるだけに、オンとオフの切り替えがうまくできなかったですから。

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上松は岡山理大附中3年時にナショナルチーム合宿に初参加(合宿の翌日が卒業式だった)。当時の誌面には「なじんでいる様子」と書かれていたが、実際はかなり緊張していたという 写真◎上野弘明

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ナショ合宿 写真◎上野弘明

早稲田大は成長するきっかけがあるところ

――ジュニア、中学、高校で戦ってきた2人が、大学でようやく同じチームになります。

内田 上松は早くから早稲田大に決まっていて。僕はどうするかというとき、やはり早稲田大にトッププレーヤーがいて、前衛でも星野(慎平)さんや上松といった、素晴らしい選手を間近で見られる環境で、たくさんの刺激を得たいと考えました。

上松 僕も迷うことなく早稲田大を選びました。常に切磋琢磨する環境があると思いますし、成長するきっかけがあるところだと思っています。1年目から飛ばしていきたいです。インカレ大学対抗V6、そして個人タイトルは、ダブルス、シングルス両方をとりにいきたい。部内でも争いもあるでしょうし、日頃から勝負だと思って頑張りたいです。

大学だけではなく一般の大会でも結果を出して、自分の価値を上げていきたいというか、認めてもらいたいですね。若いときからソフトテニス界を引っ張っていけるような存在になっていきたい。

国際大会の連覇というのも目標なんです。日本の選手で国際大会で連覇をした人はいないと聞いています。僕は、昨シーズンのアジア選手権でダブルス優勝させてもらって、次のアジア選手権で連覇の可能性があるのは前回優勝した人しかない。連覇をすることで、目標だった先輩方を越えていきたい。

内田 僕は前衛は中学からなのですが、後衛をやっていた分、相手後衛の「ココを取られたらいやだな」という心理を読み取り、おさえどころをしっかり仕留めていきたいと考えています。入れ替え戦は大事だと思っていたので、休みの日などに自主的に取り組んでいました。いつもとは違うポジションを知ることで、本来のポジションに生きてくると。ですから、僕は後衛の経験を生かした前衛として頑張りたいです!

あと今までのテニス人生で、先輩と組むことがなかった。大学では先輩と組む可能性もあります。僕自身の性格が、やや遠慮がちなので、「1年なんだからもっと伸び伸び、テニスの面では遠慮しないで」と心がけてやっていきたいです。

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「やっと同じチームになれた」という2人。取材の合間も笑顔

#01「上松には前衛のオーラがある。雰囲気や駆け引きなど、勉強させてもらった」
#02 内田のインハイ3位に衝撃。「高3で結果を出すにはどうしたらいいか考えた」
#03 「私生活がしっかりしていないと勝てない。国体優勝で証明できた」
#04 「高校で勝つのは基本ができる選手。技術はもちろん食事と睡眠も大事」

取材・構成◎八木陽子


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