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2021.10.25

【日本代表史・アジア競技大会編】③信念を貫いた打倒・韓国で団体金メダルを獲得。入念な準備と心の結びつきの大切さを実感

日本代表史Part1:アジア競技大会(その3)

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いろいろなフォーメーションが可能だった杉本/上原

 1990年のアジア競技大会(北京)で公開競技として採用され、その大会で団体戦を優勝した日本女子。しかし、正式種目となった1994年から頂点が遠かった。2006年まで韓国に4連覇を許す。そして、中国の広州で行われた第16回大会で、悲願の団体優勝が見られることになる。

チームでも攻撃型並行陣で戦ってきた佐々木/大庭。三番勝負で決めた

 2010年は中本裕二監督(NTT西日本広島)、井口鉄郎コーチ(スマッシュイグチ)が率いた。選手は代表予選会を制した東芝姫路の杉本瞳、森原可奈に加えて、NTT西日本広島の佐々木舞、大庭彩加、ナガセケンコーの上原絵里の5名が選ばれた。

 中本監督は自身のチームの選手である佐々木/大庭には攻撃型並行陣を仕込んできたが、このメンバーでも、杉本と上原を組ませて、その戦術を取り入れた。そのため、合宿などで長い練習時間を擁して、打倒・韓国に臨んでいたのだ。韓国はプロ選手の集まりであり、技術だけでなく、圧倒的な体力で勝負してくる。それに対して、相手の嫌がるような戦い方で臨みたかった。

 しかも、予選会を制した東芝姫路のペアをそのまま出場させるのではなく、杉本と上原を組ませることには賛否あった。その影響で、森原がシングルスに回ることになる。これに対して、中本監督は信念を貫いた。森原は4年後の主力になるために、さまざまな経験をさせたい、と。

 これらは中本監督がコーチ時代から考えていたことで、狙うのは「韓国選手にとって予想できないことをする」だった。それが攻撃型並行陣なのだ。実際にも国際大会で初めてその戦術を対韓国戦で使うと、日本の後衛が前に出た時に、前衛がサービスラインまで下がったという。その瞬間に日本の取り組みは成功と言えた。手応えをつかんで、強化を継続してきた。

 唯一の誤算は決勝で対戦するはずの韓国が台湾に敗れたこと。日本は台湾との決勝戦の1番に杉本/上原を送り出した。攻撃型並行陣に加え、雁行陣、ダブル後衛など、さまざまな陣形を駆使できる究極のペアが期待通り先勝すると、シングルスは落としたが、三番勝負で、佐々木/大庭はG⑤-3で勝利して、念願の金を手にすることに。

 ナショナル合宿からすべての選手を本気で指導して、皆で向上していくことを目指した。代表選考でも、落選した選手たちに監督自らその理由を話したという。代表メンバーだけでなく、多くの人たちとの絆がもたらした、優勝だったのだろう。

アジア競技大会の経験をその後に生かした森原

団体優勝の金メダルを手にした選手たち

写真◉高原由佳