
HINTS for soft-tennis勝利への道 vol.4―1@堀晃大(NTT西日本前監督)

NTT西日本監督を退任することが決まると、すかさず日本代表のコーチのオファーがあった。長く強い日本代表を構築するために必要な人材。NTTの長いコーチ経験で、技術以上に大切なことを悟り、多くの先人たち、同じ指導者との会話から、さまざまなことを学んで、吸収して、進んでいく。
NEWリーダー、NEWエースが数多く出てくることが日本の時代を創るためには必要です。
昨年の世界選手権男子チームを振り返ると、(船水)颯人のチームでした。長江光一が抜けた後、日本代表を一人で引っ張ってきたといっても過言ではありません。一昨年前の杭州のアジア大会では、ミックスでは上松俊貴と内田理久が決勝をやり、シングルスでは決勝トーナメント初戦で颯人と俊貴があたってしまうという日本にとっては不運なドローとなりました(上松が金メダル)。国別対抗団体戦ではエースとして3番に控え、後輩たちの躍動もあり出番がありませんでした。もし仮に颯人に回っていたとしても絶対に勝ってくれるというほどの仕上がりでしたし、出番がないことで、ウズウズしていたでしょうし、悪く言えば消化不良の部分があったと思います。ですから、昨年の安城の世界選手権には、世界のどのプレーヤーよりも期するものがあったと思います。
「全種目自分が金メダルを獲るんだ!」という強い思いが普段の練習や合宿からもひしひしと伝わってきていましたし、周囲も「颯人さんのために」とか、「颯人さんと金メダルを獲りたい」と思っていたはずです。特にペアの俊貴は「ダブルスで颯人さんと表彰台の真ん中に立つ!」と意気込んでいましたし、二人ともそれに相応しい練習、努力を積んでいたと思います。
しかし、勝ちたい時にこそ「無念無想」の精神が宿らなければなりませんが、自身の勝ちたい思い、周りの勝たせたい気持ちが、颯人の心技体をアンバランスな方向へと向かわせてしまいます。
広島で一緒に練習した際も「ちょっとしっくりこなくて」「何かおかしな所ありませんか?」と、今までになかったような不安な表情や言葉が目立ちました。私も先述したように、「勝ちたい思いが強いが故に、自意識過剰気味になっているな」と感じていたので、繊細になり過ぎないように接していましたが、なかなか顔色の晴れない日々でした。
何度も苦しい場面や逆境を、鋼のような心と体で打破してきた颯人だからこそ、周囲も「颯人さんなら本番までに絶対に仕上げるはずだ。復活するはずだ」と前向きに、前向きに考えようと自分たちに言い聞かせるような雰囲気がありました。
そこに「自分が金メダルを決めるのだ」という一人ひとりの強い決意、覚悟は2023杭州アジア大会の年ほどはなかったのです。私自身、監督としてチーム全体を発奮させることができなかった。アジア大会で大車輪の活躍をして、颯人に継ぐエースとして期待されながらも世界選手権は代表漏れをした内本の思いも考えてしまい、毎日の練習の中から「颯人の心配をする暇なんてないぞ! 自分自身で金メダルをつかみ取る取り組みをしようや!」と強く言えなかった。また、同時に、私自身2024年度で退くと決めていたので、最後の年だから特に「監督の発信力に左右されるようなチームになってはいけない。真の自律・自立したチームに成熟させたい」という思いから、少し遠くから選手たちを見るようにしていました。俯瞰し、冷静、冷徹な自分を演じていました。
自分としては、それがナチュラルにNEWチームに移行するための最適解だと思っていたのですが、そのスタンス・ニュアンスがしっかりと選手たちには伝わっていなかった。「あれ?堀さん今年ちょっと熱ないな」と感じた選手もいたように思います。監督として最後の最後に大反省、後悔しました。
監督・リーダーたるもの「原因は全て我にあり」と考えられるようでなければいけません。また、監督は「空気のような存在」でなければいけません。話の中で何度も出てきて申し訳ないのですが、監督の存在感が強すぎるチーム、監督支配型のチーム、誰かに依存するチームは、たまに勝つことはあっても、勝ち続けられない。監督の期待に応えられる選手は育っても、期待を越える、想像を超えてくる選手にはなっていきません。
「人に頼らず自己解決をしていけること」が勝ち続ける選手、チームの特徴です。
また、よくこの大会は「〇〇と心中する」「〇〇で負けたらしょうがない」と言われる監督がいますが、私はこの考えは持たないようにしました。全選手に同じだけ期待していましたし、それぞれの成長曲線を描きながらオーダーを組むようにしていました。監督が誰かをエースに仕立ててしまうと、その選手が思った力を発揮できなかったり、オーダーが外れた時に采配や心がブレてきますし、選手もエースに頼ってしまう。結果、「俺は負けても良いから思いきってやるだけだ」という、本当の強さ、真の成長にはならない試合やマインドにつながってしまう懸念があるのです。本当に強いチームは、自分が決めるんだという雰囲気に満ちあふれています。
2023年にはそれがあり、2024年はそれが薄れていた。話を戻すと、世界選手権は颯人が一人ですべてを背負っていたような感じに見えました。
現地安城に入ってからも、調子は上がらないながらも気丈に振舞う颯人。かける言葉が見つからず、「ここまできたら、吹っきれるしかないじゃないか」と言うと、「堀さん、そんな簡単なものじゃないんです」と鋭い眼光でピシャリ。私は、これまでの彼の取り組み、思いに対して、なんと浅い言葉をかけてしまったんだ…と、自分を恥じました。ですが、私がもう出来ることは、テニスの神様に祈ることだけでした。
世界選手権では最終日の国別対抗団体戦では他国に圧勝し、圧巻の金メダルに沸き立ちましたが、それまでの個人種目は苦しみました。ミックスでは上松が銀メダル、内田は3回戦敗退。ダブルスでは上岡/丸山の銅メダルが最高で、船水・上松はメダルにも届きませんでした。シングルスでは上松が金メダルを獲ったものの、颯人はメダルに届かず、最終種目の団体までは想定より低い成績で重たい空気が流れているのを応援しながら感じていました。
颯人の調子は上がらず、敗戦を引きずっていました。団体戦を前に、「颯人さんを手ぶらで帰すわけにはいかない」と選手・スタッフで動画を作り、激励メッセージを送り、団体戦での颯人は、本調子ではないものの、王者の風格を取り戻し、準決勝では台湾の個人金メダルペアを打ち破り、決勝へと導きます。台湾ペアと戦う颯人の気迫は、多くのファンや関係者を感動させました。王者の復活が後輩たちにも乗り移り、決勝戦では上岡/丸山、上松が韓国を圧倒します。勝利が決まり、これまでのプレッシャーから解放された颯人は大粒の涙を流していました。これまで強い選手はたくさん見てきましたが、取り組みや立ち振る舞いをここまで他の選手たちに影響を与えた選手を今まで見たことがありません。成績のみならず、日本のソフトテニスの歴史を変えたマインド・キャプテンシーには心から敬服します。
選手それぞれ個性や特性はありますが、『強い日本を創る』ためには、リーダーシップ・フォロワーシップの醸成が不可欠です。颯人に頼ってしまった、一人に責任感がのしかかった部分は大いにあったはずです。
勇気は“言う気”ともいえます。颯人の復活を待ち望む雰囲気の時に、「自分が金メダルを獲る気でやろう!」と言えなかった私。「俺らが勝つから気楽にやってください」と普段から言えなかった仲間。「颯人さん、3本つないでくれたら俺が何とかします」とか、「何悩んでるんですか、しっかり打ってください!」とペアである俊貴、それぞれが先頭に立ち言えたら、もっと違う結果になっていたかもしれません。
誰かに頼るのではなく「主体変容」できる選手。シェアドリーダーシップともいうでしょうか。俊貴とは世界選手権からしばらくたった後、そんな話をし、現在はナショナルチーム内であったり、所属でも矢野颯人選手を引っ張る意識が見てとれます。内本選手や丸山選手にもそういった意識が強くなってきたと感じています。自分がエースだ、自分が金メダルをもたらすんだ、という信念を全員が持ち続けることで、リーダーシップやフォロワーシップ力は自然に培われます。
※次回に続く
PROFILE
ほり・こうだい/1983年8月29日生まれ。長崎県出身。後衛。精道三川台中でソフトテニスを始める。島原商業高→日本大→NTT西日本。08年ナショナルチーム。2015年1月にNTT西日本監督に就任。2025年3月の退任まで、日本リーグ12連覇、STリーグ2連覇を達成。2025年度から男子日本代表コーチに就任。